骨董コラム:唐紙(からかみ)の「呼吸」と繊維の密度――杉並・善福寺の書斎に遺された百年の生命力

「こんなに黄色く変色した古い紙、もう書けないですよね?」

 

事務所を構える荻窪から環八を跨ぎ、善福寺や松庵といった杉並の静かな路地を抜け、世田谷の成城や奥沢といった邸宅街へ車を走らせる日々。蔵の整理や遺品鑑定の現場で、押し入れの奥や桐箱の底から、真っ黒に汚れて変色した古い紙の束が姿を現すことがあります。多くの方は、その表面に浮き出た「シミ」や「焼け」を見て、ただの劣化品だと判断し、処分を検討されます。しかし、私の指先に伝わるのは、全く別の信号です。それは、現代の量産パルプ紙には逆立ちしても真似できない、百年の歳月を経て完成された「究極の書画媒体」としての拍動です。

 

今回は、なぜ古い唐紙(からかみ)や和紙が、数十年、数百年の時を経てなお強靭な生命力を放ち、国際的なマーケットで高値を呼び続けているのか。その物質的な正体と、私、田附時文が四十年という歳月をかけて身体に叩き込んできた、素材の「呼吸」を読み解く論理をお話しします。

 

繊維の長短が分ける「耐久性」の真実

まず、現代の紙と古い手漉き紙の決定的な違いは、その「原料」と「繊維の長さ」にあります。私たちが日常的に使うコピー用紙や一般的な半紙の多くは、木材パルプを主原料としています。製造過程で繊維が短く裁断され、さらに効率を上げるために酸性薬剤が投入されます。この「酸」が時間の経過とともに紙を内側から破壊し、数十年も経てばボロボロと崩れる「酸性紙問題」を引き起こします。

 

対して、中国の清代やそれ以前の「唐紙」、あるいは日本の古い和紙は、桑(くわ)、三椏(みつまた)、楮(こうぞ)といった植物の長い繊維を、手漉きによって複雑に絡み合わせて作られています。この「長い繊維の三次元的な結合」こそが、百年の時間を経てもなお、折り曲げても破れない驚異的な柔軟性と強度を保つ正体です。こうした素材の力強さは、 墨・紙・拓本 の世界において最も基礎的でありながら、最も重要な価値基準となります。

 

「枯れ」の論理:膠(にかわ)とPH値の安定

古い紙が珍重されるもう一つの理由は、紙の表面に施された「加工」の熟成にあります。唐紙や和紙の多くは、墨の滲みを抑えるために「ドーサ(礬水)」と呼ばれる、膠(にかわ)と明礬(みょうばん)を混ぜた液体でコーティングされています。作りたての紙は、この膠の成分が強く、墨を弾きすぎたり、筆運びが重くなったりすることがありますが、五十年、百年という時間が経過すると、この膠がゆっくりと「枯れ」の状態に入ります。こうした熟成の美学は、 東京国立博物館 に収蔵されている歴史的な名蹟にも通ずるものです。

 

膠の分子が空気中の水分や酸素と反応し、より安定した状態へと変化する。この「枯れた」状態の紙に墨を乗せた瞬間の、墨液が繊維の奥底まで吸い込まれつつも、表面で完璧なエッジを保ち、深みのある漆黒を放つ感覚。これこそが、一流の書道家や画家が追い求める理想の抵抗感です。三鷹、狛江、調布といった多摩川沿いのエリア。湿気と乾燥が交互に訪れる書斎の環境が、図らずも最高級の「熟成」を紙に施していることが多々あります。これは、名石が持つ密度を診る の鑑定とも相通ずる、物理的な真理です。

 

地域に堆積する「文化の地層」を掘り起こす

私がなぜ、杉並や世田谷を主軸に、周辺の中野、渋谷、目黒、大田といった地域を走り続けるのか。それは、このエリア一帯が明治以降の日本の知性を支えた人々の「精神の貯蔵庫」だからです。かつての大使館関係者や実業家たちが、当時最高級とされた中国の「紅星牌(こうせいはい)」や、特注の和紙を大量にストックし、大切に保管してきました。そうした「初出し(はなだし)」の紙は、保存状態が極めて良く、人為的な漂白や加工が施されていないため、素材本来のパワーがそのまま封じ込められています。

 

先日も世田谷のある蔵で、黄色く変色した古い唐紙の束を拝見しました。ご遺族は「ただの古い紙」と仰いましたが、透かして見た際の繊維の密度と、独特の「竹簾(たけす)」の跡から、私はそれが清代末期の銘品であると断定しました。表面の酸化を読み解き、物質としてのポテンシャルを実勢価格へと変換する。その土地の歴史を理解し、モノの深層を読み解く。杉並から世田谷、そして武蔵野の境界まで、その周辺一帯を網羅する私たちの査定が、皆様が守り抜いてきた品々に正当な光を当てます。これは 中国美術 の鑑定においても同様のことが言えます。

 

杉並、世田谷、中野、渋谷、目黒、大田、三鷹、調布、狛江。この城南・城西エリア全般に広がる独自のネットワークを通じて、埋もれた真価を一点ずつ特定していきます。その辺り全般に強いえびす屋として、一点一点、嘘のない鑑定をお約束いたします。皆様の蔵に眠る品々を、えびす屋が確かな鑑識眼をもって明らかにいたします。その辺りならえびす屋に任せてと言っていただける、確かな鑑定眼で対応いたします。

 

この記事を書いた人

田附 時文(たづけ ときふみ)

えびす屋 鑑定顧問 / 美術品査定士

鑑定する田附 時文

えびす屋の看板を掲げ、父の時代から数えて四十年。私はこの街の古びた空気と、物質が放つ微かな信号を吸い込んで生きてきました。現在は、杉並の路地裏から世田谷の静かな邸宅街、さらには中野、渋谷、目黒といった山の手の地層に分け入り、大田、三鷹、調布、狛江といった周辺一帯の書斎で鑑定を行っています。

私の役割は、モノを美辞麗句で飾ることではありません。掌に伝わる質量や、素材の組成から導き出される「国際的な実勢価格」という、揺るぎない数字を提示すること。城西・城南の文化圏を縦横無尽に駆ける中で培った、皮膚感覚としての目利きを武器に、一点一点の物質が持つ真の履歴を特定します。

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