骨董コラム:清代・粉彩(ふんさい)の失透性とガラス質――顔料の「盛り上がり」と虹彩(カラス)の理

「白磁の肌に載った色が、なぜこれほどまでに陶器的な厚みと、真珠のような光沢を放つのか」

 

荻窪の拠点を離れ、中野の入り組んだ住宅地を抜け、環八を南下して世田谷の瀬田、あるいは等々力といった、戦前からの蒐集品が地層のように積み重なった邸宅街へ向かう移動。私がハンドルを握りながら測定しているのは、これから対面する「物体」が、清代の官窯(かんよう)においてどのような化学変化を経て形成されたかという、物質としての履歴です。

 

蔵の整理現場で、鮮やかな色彩が施された粉彩が現れる際、多くの方は「綺麗な色絵の皿」と判断されますが、私がその表面にルーペを当てた瞬間に確認するのは、色彩の華やかさではなく、顔料に含まれる「砒素(ひそ)」が成す失透(しっとう)現象と、ガラス質の経年変化による「虹彩(カラス)」の出現度合いです。

 

2016年に世田谷区内の古い邸宅で、一点の粉彩花鳥文瓶を査定した際。一般的な近代の模造品であれば数万円という相場を遥かに超える300,000円という数字を導き出した根拠は、顔料の物理的な「盛り上がり」の組成と、表面に刻まれた数世紀という時間の堆積(虹彩)にありました。 中国美術 としての粉彩が、なぜ現在の国際市場においてこれほどまでに評価されるのか。その物理的な裏付けを記します。

 

失透性の組成:砒素(ひそ)と不透明白の工学

粉彩の鑑定において、判定基準となるのは「描き込みの細かさ」以上に、色を載せる下地となる「白(玻璃白:はりはく)」の密度です。五彩(ごさい)などの透明な顔料とは異なり、粉彩は不透明な白の顔料を下地に用います。この白の正体は、鉛ガラスに酸化砒素を混ぜたもので、焼成過程で砒素の微結晶が析出(せきしゅつ)することで、光を通さない「失透性(しっとうせい)」が生まれます。

 

鑑定の際、私はこの白い下地の「厚み」と「エッジの立ち方」を確認します。本物の清代粉彩は、この失透性の白が土台となっているため、その上に載せた色が油絵のような立体感を持ち、磁器の肌から僅かに「盛り上がって」見えます。2016年の世田谷の現場で確認した一点は、この顔料の層が極めて安定しており、光を当てた際に不自然な透けがなく、物質としての強固な質量を感じさせるものでした。この物理的な特性を特定することが、現在の実勢価格を算出するための第一歩となります。これは の組成を判別するのと同様の、微細な結晶構造の観察に基づく実務です。

 

虹彩(カラス)の物理:ガラス質の変質と光の干渉

「虹彩(こうさい)」あるいは「カラス」と呼ばれる現象は、粉彩の鑑定において決定的な指標となります。これは、顔料の成分である鉛ガラスが、数世紀という時間のなかで空気中の水分や酸素と反応し、表面にナノレベルの微細な凹凸(変質層)を形成することで生じます。

 

この変質層に光が当たると、シャボン玉の表面のように光が干渉し、見る角度によって虹色の輝きを放ちます。鑑定の際、私は斜光を当ててこの虹彩の「定着具合」を確認します。現代の模造品でも、酸などで表面を腐食させて人工的に「虹彩らしきもの」を作る手法がありますが、本物の粉彩に見られる虹彩は、顔料の周囲にじわりと滲み出すような、自然な物理現象の結果です。こうした優れた粉彩の状態については、 東京国立博物館 に収蔵される清朝官窯の名品と比較することで、その組成の差異がより明確になります。

 

城西・城南の動線と、収蔵品の集積地

荻窪から環八、あるいは甲州街道を軸とした世田谷、目黒、大田、三鷹、調布、狛江。この一帯を回るなかで、私は各現場の書斎や蔵ごとに異なる「文化の沈殿」を直接見てきました。このベルト地帯は、明治から昭和にかけて、最先端の審美眼を持った居住層が、大陸から最高純度の「唐物(からもの)」を運び込み、それぞれの生活空間に定着させてきた物理的な集積地です。

 

世田谷、杉並、中野、渋谷、目黒、大田、三鷹、調布、狛江。その辺りならえびす屋に任せてと言っていただける信頼は、対象物の組成が、今この瞬間の東京や海外の競り場で、どのような指値で動いているかという物理的な相場観を提示し続けてきた結果です。これは 墨・紙・拓本 などの劣化速度を診るのと同様に、現時点での正確な数字へと書き換える作業を現場で行っています。一軒一軒の蔵にある現実を、今の国際相場という座標に照合する。それが、えびす屋が現場で続けている鑑定の姿です。

 

この記事を書いた人

田附 時文(たづけ ときふみ)

えびす屋 鑑定顧問 / 美術品査定士

鑑定する田附 時文

父から受け継いだ四十年の鑑定実務を土台とし、現在は弟と共に「えびす屋」の鑑定部門における技術的な判断を担っている。

荻窪を拠点として、中野や新宿、渋谷、練馬、豊島といったエリアから、世田谷、目黒、大田、さらに武蔵野の境界である三鷹、調布、狛江まで、日々自らハンドルを握り現場に赴く。鑑定において重視するのは、情緒的な主観ではなく、対象物が「物質」としてどのような組成を持ち、現在のマーケットにおいてどの座標に位置するかという事実のみ。品物が晒されてきた時間の痕跡を、現場の最前線で正確な数字へと書き換える作業を続けている。

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